21世紀における食料安全保障

鳥取大学農学部  伊東正一

 

・国土を越えた食料需給の取り組み

  モーリシャスという国がある。アフリカの東海岸沖に大きなマダガスカル島があるが、モーリシャスはそれをまた少し東へ海を渡ったところにある小さな小さな島である。人口は約100万人。一人当たりのGDPはアフリカ諸国の中でトップクラスに入る。島の面積は18ha余り。海岸は珊瑚で囲まれ、リゾート地として有名であり、当然ながら観光産業が国の重要な柱である。しかし、農業も盛んで特にサトウキビの作付けが多い。以前はコメも生産されていたが、より収益性のあるサトウキビに変わってしまった。しかし主食はコメである。この国は1968年の独立までイギリスの領土であった。その間にインド人が多く移民し、このため現在は島の人口の3分の2はインド系人が占めている。インド系人の主食はコメ。だからこの国の主食もコメということになるが、主食であるコメを全面的に輸入に頼っている。それだけに供給諸国の生産状況は常に気になるところである。

  ここで今おもしろい取り組みが展開されている。モーリシャスに面したアフリカ本土の国モザンビークが10haの土地を貸してくれたというのである。モザンビークといえば、1992年に内紛を終え、それまで16年間、東西冷戦の戦場となっていた。現在は潅漑や洪水の被害による問題が発生するときもあるが、平和な状態を取り戻しつつある。しかし、今でも国内経済はアフリカの中で最低レベルの域を出ていない、農業開発もままならぬ状況である。そこでモザンビークとしても経済力のあるモーリシャスに土地を開発してもらおうというわけである。国土の小さいモーリシャスにとっては願ってもない話である。

  この話はモーリシャスの大統領が19972月にモザンビークを訪れた際に浮上し、翌1998年にプロトコールが結ばれた。そうして、さらに昨年は新たにモザンビークから8haの土地提供があった。合計するとモーリシャスの国土に匹敵するくらいの面積になる。モザンビークからの条件は特にない。どのように使ってもらってもいいという。そこでモーリシャスではこの中で農業開発を取り入れ、水田開発も図りたいという。そうすれば今の輸入先であるインドや中国、タイなどと比べ非常に近い地域でコメを供給できることになる。現在このプロジェクトではすでに2つの地域でそれぞれ2ha規模の土地開発に着手している。

モーリシャスは他のアフリカの国々にも同じような土地提供を呼びかけている。日本から遠く離れたアフリカで、国を越えた土地の活用が展開されているという事実は意義深い。この新しき時代において、もはや自分たちの発展のために国境にこだわってはいられない。お互いがどのようにしたらより豊かな生活ができるようになるのか、土地を効率的に利用できるようになるか、――その解決のために国境は時として阻害要因にもなる。そして国境を越えた土地利用は経済発展を可能にし、その結果、経済的に余裕ができ環境保全をも可能にするだろう。

 

・ロシアでも

ロシアにも似た話がある。ハバロフスクから西に200kmほど入ったところにロシアのユダヤ自治州がある。ここはアムール川を挟んで南は中国の黒龍江省となる。黒龍江省では稲作が盛んである。ところがアムール川を挟んだロシア側では稲作は全く行われていない。遠く70年くらい前は朝鮮系の人たちが稲作をここで営んでいたという記録はある。今、ロシアでは食糧が不足気味で、外貨なくして輸入に頼っている状況である。現にハバロフスクでは中国のコメを大量に輸入している。ロシア語もあどけない中国人が堂々とビジネスをやっている。これを横目に見ながら、ロシアとしても国内の食糧増産を図りたいところであろう。

こうした中、このユダヤ自治州では稲作復興の気運が盛り上がっている。どのようにして稲作を再興するのか。中国人を招いて中国人に稲作を任せたいという。この考え方には驚きを感ぜざるを得ない。なぜなら僅か30年前にはこのアムール川に浮かぶ島の領有権をかけてソビエトと中国の間で銃撃戦が展開され、その後も20年間にわたって対立が続いていたからである。昔の宿敵に対して今は考え方も変わったのか、お互いが発展的な考えを持てるようになったのか。稲作の技術を持たない現地のロシア人にしてみればその技術を持っている中国人に指導を求めるのは理にかなっている。もしこれが実現すればこの地域の農業そして経済も発展するだろうし、ロシア人も徐々に稲作技術を習得し将来の稲作普及の力となるであろう。こうして土地の有効利用が可能となれば、お互いが受けるその経済効果は多大なものと予想される。

 

・日本に期待されるもの

  このように、経済面では日本より遅れた世界の地域で、逆に時代を先取るするかのようなプロジェクトが進められている。国のなわばり意識を越えてお互いが経済発展に取り組むことにより、その関係国はより固い絆で結ばれることになる。争いをしていた国同士がお互いになくてはならない関係に発展していく。このような取り組みの中では日本に対し経済投資及び技術協力を求める声が強い。現にあのモーリシャスの取り組みの中でも国の担当者から日本も一緒に参加できないだろうか、との問いかけがあった。それはまたロシアでも同様であった。日本からの協力の手を求めているのである。それは決して援助ではなく経済活動への参加の呼びかけであり、またパートナーとなって欲しいという強い願望でもある。

 

・単なる「援助」ではなく「ビジネス・パートナー」としての取り組みを

  日本のODAは経済協力としての位置づけである。これは金銭面でのある種の援助となり、インフラを整備したり技術協力であったりと様々である。しかし、この「援助」はプロジェクトが終わるとそれで協力が終わり、あとは知らぬという雰囲気がある。これでは成功とは言えない。生産体制ができたから後は自分で――という式の援助であれば、それを受ける現地の方は再び元の木阿弥に墜ちていく。

そうではなく「援助」の根底には「ビジネス・パートナー」としてお互いが育っていくことを目指すことが必要である。そうでなければ効果は半減するだろう。それは発展国が発展途上国の利益を搾取するというようなことでは決してなく、経済発展を協力して行うことにより、お互いにメリットを発生させるというものである。そのような活動ができたときに初めて「援助」が実り、最終的には援助国と被援助国という関係ではなく、お互いが平等な立場で、お互いに必要とされるパートナーとしての関係ができあがる訳である。そこにおいては戦争のような破壊的行動が生まれにくい基盤が確立されることになろう。そこに本当の意味での食料安全保障が築かれることになる。

このモーリシャスやロシアの人々の行動や考え方には新しい食料需給のあるべき姿が示唆されている。こうした国境を越えた国際関係が21世紀にはますます広がることになるだろう。先進国である日本はまさにその最先端に立って行動することが期待される。食料・農業面においては農業者や農協がその先頭に立たなければならない。それは自国の国土だけにとらわれず、国境を越えた国際地域へと広がりを持つ人々の交流であり、ビジネスであり、食料需給であり、そうして何よりも戦争に脅かされないより強固な食料安全保障となり得る構造がそこにはある。




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最終更新日:2000年6月28日

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