第1章 序論


 「金にモノを言わせて………」という表現がある。金で何もかも買える状況を批判的にみる表現である。それでは金がなくても人は助けてくれるか――?先頃食料不足に悩む北朝鮮がコメの輸出大国であるタイにコメの輸出を依頼した。タイはあっけなく断った。以前に輸出したコメの代金が未だに支払われていないのがその理由であった。

 食料は豊富にあってもそれを生産するためのコストがかかっている。タイにしてみればいくら援助したくてもコストが支払われなければ援助にもおのずと限界がある。「無い袖は振れない」のである。どこの国でもカネがふんだんにあるわけではない。発展国(富者)にしても途上国(貧者)にしても"台所の事情"はよく似ている。「金の切れ目が縁の切れ目」という現実も私たちはしっかりと自覚することが必要である。お金ですべてが買えるわけでは決してないが、しかし、お金や経済力というものは社会が活動できる重要なファクターであり、世界の動きもお金が主な原動力の一つになっていることは疑う余地もない。国際農産物市場の動きもまさにその真っただ中にあり、コメやコムギも同様である。

 さて、本題は国際コメ市場を過去40年間にわたってその変化を吟味することにあるが、コメと好対照をなすのがコムギである。コメがアジアの主食であればコムギは欧米諸国の主食と言ってよいだろう。生産量もコメはアジアが9割を占めるのに対し、コムギは約4割りと小さい。輸出においてはより典型的に表れる。アジア諸国のコメ輸出量は世界の約7割を占めているがコムギではわずか1割前後である。主要輸出国においてはコメはアジア諸国(発展途上国)が主体でコムギは欧米諸国(発展国)が主体となっている。

 このように一見大きな違いがコメとコムギにはあるが、歴史とともに、つまりは生産から流通、そして私たちの身のまわりすべてを含む総合的な範囲での技術の発展とともに、この40年の間に大きく変化してきているのも事実である。そこにはコメとコムギが共通して変化していることが多くある。

 また、各国の経済状況や政策においても刻一刻と変化しつつある。旧ソビエトの崩壊を機に東西の冷戦は終わり、途上国はこれまでのアメリカやソビエトからの援助が受けられなくなった。同時に自由経済、政策や貿易の自由化が推し進められ大国と小国が共に競争する時代に至っている。また、一国内でも国内自給という概念は薄らぎ、中国のような大国ではコメの供給地である東北部はロシアなど隣接国に輸出し、コメ不足の南部ではベトナムやミャンマーから輸入するという現実的な対応をとっている。このような形態はメキシコのコムギにもみることができる。また、農産物の質の差によって輸出に向けたり国内に向けたりまたは輸入したりする臨機応変な対応がみられる。戦争の恐れが遠のいた現代では経済の効率化に沿った"ボーダーレス"の対応が広がっている。

 このような現実の変化を無視してただコメの問題を旧態依然として唱えることまたは国内及び世界の農産業を遅々として発展しにくいものととらえることは"地球船"の現在地及び進路を見誤ることになりかねない。ここにデータをもとに世界のコメ経済の変化をしっかりとみつめてみたい。


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