第3章 コメの国際流通


3.1増大するコメの貿易量


 コメの貿易量は近年では年間当たり2千万トン前後(精米換算)に増大している(図3-1-1)。1990年前後においては1,500万トン前後と表現するのが常であったが、その5年後にはそれを大幅に越えている。最も新しく史上最高となったのは1994年で2,137万トンを記録し、前年に対し23%の増加となった。これは日本の緊急輸入に端を発して国際価格が値上がりし、各国が輸出に力を入れたことが大きな要因であるが、その中でもインドの動きが顕著であった。インドはこの1994年だけで前代未聞の420万トンを輸出した。それ以前は多いときでも100万トンを大きく下回る60万トンのレベルであったものが一挙に400万トンを超し、この年はタイに次ぐ世界第二位の輸出国となった。その後もインドは強力なコメ輸出国として存在し、1995年が355万トン、1996年及び1997年がそれぞれ150万トンと、減少はしているものの、主要なコメの輸出国の地位を確立しつつある。一方、ベトナムは1987年までは年間の輸出量は多くても10万トン台であったが、1988年に140万トンを輸出してからは破竹の勢いで増大し、1993年は200万トンを超え、1995年には300万トンを超えるほどになった。1997年は350万トンが予測されており、米国を追い抜き、タイに次ぐ第2位のコメ輸出国になっている。

 こうしたインドの貢献があり、また、ベトナムの1988年以降の急浮上があり、世界のコメ貿易量は増大の傾向である。その増加傾向は1990年代に入ってなお一層の拍車がかかり、1990年代中期において年間2千万トンのレベルに達したとみることができるであろう。そして、世界のコメ生産量も増加していることから、米国農務省が1997年12月に予測した1998年の世界のコメ貿易量は1,920万トンである。

 ところで、1960年代から10年ごとに1990年代までにわたり、コメ輸出の上位4カ国を取り上げたのが表3-1-1及び図3-1-2である。これをみると1960年代はタイ、アメリカ、ミャンマー(ビルマ)、中国の順となっている。その10年後の1972−76年の期間にはタイは不作のため第3位に後退し、アメリカがトップ、次いで中国が第2位に浮上。そして、第4位にパキスタンがついた。このころからミャンマーは内政問題でコメの輸出は伸び悩む状態となった。一方、中国は外貨稼ぎの対策としてコメ輸出に力を入れ、国際価格が暴騰した1973年及び1974年はそれまでの100万トンから一挙に200万トンを超える輸出拡大を行った。この当時は中国も国内では増産はしていたものの食料が逼迫していた時期であったが、国際市場の変化にいち早く対応するという力を世界に示した。中国は近年では生産量が1億3千万トンと、世界の生産量の3分の1を占め、国際市場の変化に対する動きにも敏感でその影響力は甚大なものがある。1994年の日本の緊急輸入(合計260万トン)でも日本への輸出量が最も多かったのは中国であった。

 1980年代になると再びタイが復活し、トップの座を占めるようになった。それまでにアメリカに奪われていた市場を奪回せんと、輸出課徴金を大幅に値下げし、輸出拡大に努めた。これに対しアメリカは遅れをとりながらも1980年代の後半になってマーケティングローン(国際価格制度)という新たな対応策を取り入れ国内市場価格を国際市場価格並みに下げて輸出の拡大をねらった。マーケティングローン制度は現在も続いている。その後、1990年代では前述のようにベトナムとインドが急浮上し、一時はアメリカをしのぐほどに輸出量は増大した。1990年代の後半においてはベトナムがタイに次いで第2位の輸出国となっている。

 コメにおいては以上のように10年間おきに過去40年間をみると上位4カ国にタイ、アメリカ、ミャンマー、中国、パキスタン、ベトナム、インドの7カ国が登場している。これに対し、コムギはアメリカ、カナダ、オーストラリア、アルゼンチン、フランスの5ヶ国である(表3-1-1及び図3-1-3)。また、コメにおいては上位2カ国さえ入れかわる時期があった。コムギにおいては上位2カ国にこの40年の間にわたって変化はない。現在、第3位のフランスは1970年代から変わってはいない。コメにおいては第3位と4位の国が常に変化している。

 さらに、コメの輸出国は上位4カ国のうち発展国はアメリカだけで、他は常にアジアの発展途上国である。これに対し、コムギではアルゼンチンが1960年代に第4位に入っていたが、その後はフランスが登場し、すべて発展国が占める状態で推移している。こうしてみると、コメの生産国でありかつ経済発展国でありながら、コメの輸出国になれなかった日本はコムギの観点からみると皮肉にも例外的である。

 また、コムギの輸出国が発展国によって安定的な地位が占められているのに対し、コメはまさに混戦状態である。これは発展途上にあったアジア地域の諸国が近年になって経済発展を契機に輸出力が出てその本来の頭角を表し始めていることを物語っている。国内自給が主たる目的であったアジア諸国では国内価格の安定を求めた結果、国際貿易の点では立ち遅れた面もあった。しかし、国内経済に力がつき、かつ、国内のコメ消費の嗜好も徐々に変化しつつあることを背景に、アジア諸国もむしろコメ貿易にゆだねた方が得策であるという意識が強まっている。アジア諸国のコメ輸出の増大はこうした背景の表れであるとみることができよう。

 このように各国の状況を細かく見ると、大きな展開が繰り広げられていることが分かる。そして、それは価格の変化に大きく左右されている状況もうかがえる(後述)。同時に、アジア諸国からの輸出量が増大しているということは生産が増大するだけでなく、アジア人の食生活の変化により、コメ離れがみられ、輸出できるコメが増加の傾向にあるという状況も背景となっている。それだけに、国際価格にはより敏感になっているのも事実である。


3.2.変化する価格と貿易量の関係


 図3-2-1及び3-2-2はそれぞれコメとコムギに関する国際価格と世界の輸出量を指数化して1960年から1997年までの変化を示したものである。国際価格についてはドル表示のものを、まず、米国の消費者物価指数でデフレートし、その後、デフレートされた実質価格を1970年の価格で割って100倍したものである。また、輸出量に関してはそのまま、1970年の輸出量で割った後、100倍したものである。よって、価格も輸出量も1970年の値を100としたものになっている。このようにしてみると各年における相対的な変化がみやすくなる。また、価格は物価指数でデフレートされているので、年代を通して実質価格の変化が明確に現れてくる。

 この図をもとに価格と輸出量の変化を類型的にみてみたい。類型の基準を「前年に比べて増、又は減」からみるターニング・ポイントに置くことにする。この方法で4つのタイプに分けたのが表3-2-1である。まず、タイプAは前年の実績に比べ国際価格が上昇し、輸出量が減少するケースである。この現象の主な要因は輸出国の不作が考えられる。つまり、輸出量が前年に比べ不足し、市場価格が高いので輸出したいが量が集まらない、という状況である。よって、国際市場において供給の逼迫した状態である。

 次にタイプBは国際価格が上昇しながら、輸出量も増えるという現象である。これは典型的な要因としては輸入国の不作で、輸入を例年より多く必要とする状態。あるいは世界的にコメの消費が増えている状態である。そしてその一方で、輸出国も十分な供給体制ができている状態である。輸出サイドも伝統的な輸出国のみでなく、国際価格の上昇で輸出国の数も増える状態も考えられる。いずれにせよ、世界には十分な供給量があり価格の上昇に柔軟性をもって対応できるという状況である。

 タイプCは国際価格が下がると同時に輸出量も減るという現象である。これは輸出及び輸入の両サイドにおいて豊作となり、輸入国において前年ほどの輸入量は必要ないという状態である。つまり、世界的に過剰基調で、過剰在庫が増える状態である。

 最後にタイプDは国際価格が下がり、輸出が増えるという、普通の状態である。価格が下がったことにより輸入国も量を増やしたい、または輸入していなかった国が新たに輸入をするという状態である。しかし、これは輸出国が豊作の際に発する現象であり、いわば輸出国において過剰供給のケースが多い(よって、国際市場でのダンピングはこのタイプに属することが多い)。

 これら4つのタイプをまとめると、世界の供給体制からみると、タイプAの現象が最悪で、この状況下ではとくに輸入国(または消費者)が苦しむ結果となる。価格が上昇する反面、量は思うように獲得できず、結局は輸入量を減らさざるを得ない状況である。一方、タイプB,C及びDは供給量としては十分だが、とくにCとDのケースにおいては、輸出国又は輸入国で供給過剰となっており、消費サイドにおいてはプラスだが社会的には必ずしも得ではないことが予想される。そうした中でBのケースは、輸出国にも十分な供給量があり、また、輸入国においても市場価格の上昇は痛いが、決して購入できないほどの値上がりではない(だからこそ輸入量が増える)という状況である。よって、この4つのタイプの中では、Bのケースが社会全体としてはプラスで、このタイプが増えることが望ましいと考えられる。最も避けたいのがAのタイプである。また、CとDのタイプは消費者(または輸入国)にとってはプラスとなる。

 それではこの類型をコメ及びコムギの1960年から1993年までの国際市場に当てはめて、この期間の前半(1976年まで)と後半(1977年以後)でどう異なっているかをみてみることにする。表3-2-2に、コメ及びコムギの結果を示した。これをみると、まずコメではAのタイプが前半は7回に対し、後半は4回となり、頻度では後半(いわゆる近年)が大幅に少なくなっている。次に4つのタイプの中では最も理想的なパターンであるタイプBは、前半が2回であるのに対し、後半(近年)では4回の頻度で発生している。そして、残るタイプCとタイプDはそれぞれ、前半1回と後半が2回、及び前半8回と後半9回と、近年の方が増加の傾向にある。よって、タイプAとBとの変化をみると、前述の説明からみて、社会的(とくに輸入国)にはマイナスであるAの頻度が少なくなり、逆に理想的なタイプBの発生頻度が近年において非常に多くなっている。そして、消費者や輸入国にはプラスとなるCとDのタイプが増加の傾向にある。このことは近年におけるコメ流通が、数十年前に比べ大きく改善されつつあることを示唆している。つまり、世界のコメ流通はかつての狭い限られた範囲のものから、より大きく柔軟性をもった国際商品へと変わりつつあることをうかがわせている。

 コメの輸出国はアメリカを除いて、伝統的に発展途上国に偏っている。このため、在庫の施設や規模及び各国内での流通や増産体制に限界があり、コメの国際市場は極めてrigid(融通性のきかない)なものであった。ところが、近年においては前述のように、アジアにおける一人当たり消費量の低迷または減少の一方で生産技術や情報手段の向上により、供給能力は大幅に改善されつつあるとみることができよう。

 同じ穀物であるコムギはどうか。コムギの輸出はコメと異なり、伝統的な輸出国はアメリカ、カナダ、オーストラリアなどに代表されるように、発展国に集中している。よって、国際市場における供給体制としては、コメより数段高い位置にあるとみてよい。そこで、類型の結果を再び表3-2-2にみると、タイプAが前半の8に対し、後半が3で、コムギもタイプAの発生の頻度は近年において極端に少なくなっており、大幅な改善があったとみることができる。また、タイプBにおいては、前半が1回に対し、後半が4回で、これも改善の方向である。タイプCは、前半2回に対し後半は4回、タイプDでは、前半6回に対し後半は8回と、これも大幅に増加しており、消費者や輸入国にとってプラスの状況が近年ではより多くみられることを物語っている。こうしてみると、かねてから農産物貿易市場の"大御所"であったコムギにおいてさえも近年においてはその流通状況が大きく改善されている。また、コムギは輸出国の供給体制としては改善がみられるものの、逆に供給過剰がさらに大きなネックとなり、輸出国間の競争がし烈化しつつあることをも物語っている。

 コメとコムギの状況を表3-2-2の結果をもとに、あらためて比較すると、近年において輸出体制はコムギにおいては、より進んだ改善がはかられたとみられ、コメもその方向に進みつつあると考えられる(タイプAの発生頻度が減少の傾向にある)。また、輸入国の不作や需要の増加に対応できる体制は、コムギでは60年代や70年代においても、その体制はすでにかなりよくできていたと考えられるが、コメにおいては、その当時はまだまだ不十分であった。しかし、近年はコメにおいて急速に改善され、コムギの置かれている地位に近づきつつあるとみることができよう(タイプBの発生頻度の増加)。コムギは近年において輸出競争が激化している状況がうかがえるが、コメもこのまま進めば、同じく一段と競争の激しい状況に進むことが考えられる(タイプDの発生頻度の増加)。

 最後にこのようにしてみた近年の国際市場におけるコメの柔軟な供給体制は、先に図2-4-3において示した供給曲線が1960年代から1990年代の間にSからSにシフトしたとする考え方と相容れるものである。


3.3.激化するコメの市場競争


 日本でもガソリンの値下げによる販売競争が近年はみられるようになったが、農産物の貿易では今世紀初めからすでに熾烈な競争が行われている。それは時として「ウォー(war, 戦争)」と呼ばれることもあるほどである。米国とEUの戦いがよく取り上げられるが、オーストラリアやカナダ、アルゼンチンなども含めた四ツどもえの戦いもめずらしくはない。そうして、そのような競争は戦っている当事国は価格の値下げや輸出補助金を使ったりで苦しい戦いとなるわけであるが、逆に輸入国や消費者にとっては市場価格の値下がりを伴うわけで、プラスになることが多い。

 輸出競争状態を各国の輸出価格と量をもとに統計分析して立証する論文は多い。コメにおいても同様で、各国間の輸出競争の状態が鮮明に表れる。Itoら(1990)はコメの重要な輸出国であるタイ、アメリカ、オーストラリア、ミャンマー、イタリア、及びパキスタンの分析を行ったが、これによると輸出価格を10%下げるとタイは16%、アメリカが15%、オーストラリアが19%、ミャンマーが10%、イタリアが13%、そしてパキスタンが17%市場のシェアを拡大できるという分析結果を得た。これはあくまで1カ国が10%の値下げをし、他の輸出国が追従しなかった場合を想定しているが、輸入国もそれだけ価格に反応して輸出国を選定していることを意味するものである。それだけに輸出国は他の輸出国の販売価格がどのようになっているかについては神経を尖らすわけである。

 第3章の第1節でもみたように、1970年代はコメの輸出においてはアメリカがトップの座にあったが、1980年代に入ってタイが巻き返しをはかった。タイはそれまで課していたコメの輸出課徴金を廃止する方向に動き、輸出価格を値下げしていった。その時アメリカは制度的にそのタイの値下げに追従できず輸出市場はタイに奪われ、過剰在庫は増えるという非常に無残な状態におかれた。80年代の前半におけるアメリカの期末在庫は  恒常的に100万トン(精米換算)を超え、1982年及び1985年の期末在庫はそれぞれ230万トン及び250万トンで、各年の生産量であった400万トン余の半分以上を占める状態に至った。よって、当時は減反政策が非常に強化されたのだが、それでもこのように、過剰在庫がたまる一方であった。

 このためアメリカは1985年農業法により、マーケティングローン(国際価格制度)という新たな政策を導入し、タイが輸出価格を値下げした場合は徹底してそれに追従できるという体制を整えた。これは国が補助することによって政府の在庫のコメを国際価格(主にタイの輸出価格)で市場に放出できるというもので、これにより米国内の市場価格は政府に在庫がある限りタイ米の輸出価格のレベルまで値下がりするという状態になった。よって、アメリカの国内市場価格は値下がりし、コメが輸出しやすくなった。この政策によりアメリカのコメ輸出量は1986年から再び増大し、一年で政府の過剰在庫問題は解決した。(実際には1980年代前半には政府在庫は全在庫量の半分以上を占める状態であったが、後半に至ってはこの国際価格制度によりほぼ皆無の状態である。そしてその状態は現在も続いている。)

 何の商品でも輸出国は必ずしも国内で余るから輸出するのではない。輸出することにより利益が上がれば輸出するのである。これは農産物でも同じで、コメでも同様である。売る人にとって国内で売った方が得か、国外で売った方が得かは最も重要な問題であり、売る人はより得であると思われる場所で自分が生産したものを販売することになる。アメリカのコメは1980年ころまでは輸出が6に対し国内向けは4という割合で推移していた。ところがその後、国際市場ではタイの輸出力が強くなり、アメリカのコメ輸出が減少する状態となった。そこでアメリカはこれまでの方針を修正し、国内市場に力を入れ始めた。そして、現在では輸出向けが4に対し、国内向けが6というように逆転している。しかし、これはアメリカが輸出市場を軽視しているということでは決してない。コメの輸入量が増加している状況や、また、国際市場は競争がより激しくなっているという状態から判断して、国内市場をより重視しなければ足元をすくわれるという結論に至ったまでである。

 アメリカでは輸出が低迷した1980年代前半においてもコメの輸入量は増大していった。これに危機感を抱いた稲作農家は国内市場を輸入米に占められては大変、とばかりに国内販売の拡大対策を展開した。国内市場は誰にとっても国外市場より販売しやすい。それは言葉の問題や市場の仕組み、人間関係など、一般的に自国民の方が外国人に比べよく理解でき対応が早い。また、流通コストも国内産の方が安くつくため、価格競争にも強みがある。このような将来性のある国内市場を放っておいたら大変だという意識がアメリカの稲作農家には強く働いた。

 その努力が功を奏し、国内市場は拡大していった。国内の消費量は1980年前期の200万トンから1990年代中期には350万トンへと増大している。(ただ一方では、輸入量も量としては少ないものの増大を続け、1980年頃の1万トンから1990年代の後半には30万トンを超す状態になっている。)しかし、このように国内市場が拡大していく中で、もちろん国外の市場拡大にも力を入れている。とくに日本の市場に対しては安定した将来性のある市場として、シェアを拡大していきたいという意向は強い。

 このように内外の状況を比較しながら供給体制を整備するという動きはアジアの国々にもみられる。タイはアメリカとは逆で、国内の市場が伸び悩むという状況の中でいかにして国外市場を拡大していくかが重要な課題となっている。また近年ではベトナムとインドにそのような動きが強く表れている。両国にとっては国内市場より国外市場において、より大きなメリットがあるという状態に至っている。それは外貨が稼げるということでもあるが、ある一定の量は国内で販売するよりも国外において販売した方が得であるということである。いかに外貨が稼げるといっても国内市場で販売するより損をする状態で販売するということにはならない。必ずメリットのある計算がそこにはあるはずである。

 輸入国においてもそのことは同じである。マレーシアは1970年代から自給を達成するより一部は輸入する方が得であるという判断から消費量の約4分の1を輸入でまかなっている。しかし、その輸入量は国内の生産量と国際市場価格の動きをにらんで決定されている。また、中国においても国内の需給状況はもとより国際市場価格の動きによく反応して輸出入が決められている。中国はコメの国際市場価格が相対的に高かった60年代後半から70年代にかけては毎年100万トン以上の輸出を行っていた。しかし、1980年代に入ってからは輸出量が100万トンを超えることは少なくなっている。これは国際市場価格が実質では大幅に下がっていることと無関係ではない(図2-1-1)。このような安い国際価格が今後も継続するとなると中国は国内では生産も減退し、輸入量が増加する可能性が強くなる。しかし、1990年代半ばからみられるように価格がこれまでの低迷価格に比べ相対的に上昇すると国内生産にもメリットが生じ、増産に転ずる可能性はいつでもある。現に1997年産も1億3,660トンと前年比5%増と、驚く伸びを示している(1997年12月12日、USDA発表)。

 前述のようにアジア諸国においては食生活が変化しており、一人当たりのコメ消費量が減少する方向に進みつつある。これがどんどん進んでいくと、日本にみられるように一国の総消費量が減少することになる。そうなるとその国の需給状況は過剰供給の相を呈し、国内価格は値下がりする。そうなると、当然ながら輸出に目を向けるようになる。よって、今後、コメの輸出国となる潜在的な国々はアジアにおいては多くあるとみてよいであろう。いまやバングラデシュもコメ輸出の可能性がある。バングラデシュは災害に見舞われて時折り輸入が急増するが、1990年代に入ってからは1994年の80万トンと翌1995年の160万トンを除いては輸入量は多くても20万トン程度で落ち着いている。また、輸入増が心配されるインドネシアでも近い将来に再び輸出国となっても決して不思議ではない。現に、インドネシアは1980年代後半から1990年代初期にかけてコメを最高で50万トン輸出した実績がある。

 ところで、1997年の後半からその様相を濃くしているアジア諸国の金融・経済危機であるが、東南アジア諸国ではタイのバーツをはじめ為替レートが1997年末までに半分ほどに切り下がっている。このことはコメ貿易の構造にも大きな影響を及ぼす。例えばタイのバーツが米国ドルに対し半値になったためにタイのコメ輸出価格はタイ国内からみると2倍に上昇した状態となる。当然ながら輸出にはこれまで以上の拍車がかかる。こうした構造は他のベトナムやミャンマーなどの東南アジア諸国も同じである。逆にアメリカをはじめとする欧米諸国のコメ輸出は窮地に追い込まれることになる。こうしたドル高が続く限りアジア諸国のコメ輸出は強化され、新たな増大の方向へと動くであろう。

 いずれの国々も国際価格の変化に大きく左右され、輸出入が決まる状況であるが、アジアのコメ消費の減退によって、アジアの輸出量は増え、国際市場における競争は激化する方向へと進むであろう。それだけに国際市場価格は上昇しにくく、むしろ実質価格はさらに値下がりする方向へと進む心配がある。


3.4 コメは“薄い市場”か?

−価格変化からの分析−


 国際市場における「薄い市場(thin market)」の定義はいろいろあるが、日本では貿易量が生産量に対し、比較的少ない状況のことを言う場合が多い。L. Schraderら(1988年)によれば薄い市場とは三つの市場体型が主に言われる。一つは一定時間内における取り引きの回数が他の品目に比べて少ないもの、二つ目は価格を決める際に売買人の数とその取り引きの量が限られているもの、三つ目は価格交渉がされる絶対的または相対的な取扱量が限られているもの――の3つのケースである。しかし、この中でも三番目の内容のものが「薄い市場」として定義づけられることが最も多いとSchraderらは強調している。

 それでは「薄い市場」では何が問題かというと、取り引き価格が公表されないか、または一定期間をおいた後に公表され、日々取り引きを行っている人達にとって効果的な情報となっていないこと、または取り引き価格が品目の需給状態を正しく反映していないことが考えられるとしている。しかし、Schraderらはさらに実際の調査結果(牛肉の枝肉取り引き)を示し、薄い市場であるが、その市場価格が正当な需給状態を反映していないという状況ではないとのNelson(1980年)の報告を紹介している。取扱量が少ない市場でも地域全体の需給バランスをかなり適格に反映しているという市場の一般性は石油のスポット買いにもみられる現象である。

 さて、コメの国際市場が薄い市場であると言われる主な理由はコメの貿易量が生産量又は消費量に対し、わずか数%であり、コムギやトウモロコシの20%前後とは大きく異なるという点からである。例えば1961−65年間の平均と1991−95年間の平均を比べてみたのが図3-4-1だが、これによると貿易量は生産量に比べコムギが21〜2%に対し、コメは4〜5%である。そしてこの割合はこれまでの40年間にあまり大きくは変化していない。このためにどこかの主要コメ生産国で天災などが発生し、輸入量が増えるとそもそも取引量の少ないコメ市場では価格が高騰するという考え方である。そして、また、市場価格もその時々の需給状態を正しく反映せず、高い価格で取り引きされるという考え方である。

 こうしたことから、コメの国際市場は気象条件の変化、農業政策、貿易政策の展開によって大きく影響を受けやすく、不安定な薄い市場として一般にみなされてきた。しかし、第2章でみたように1960年代から1990年代までのコメ価格の変動を実質価格でみると、60年代や70年代においては他の作物と比較して価格の変動は大きいが、現代に近づくにつれて変動の幅も小さく、安定してきていることが読みとれる(図2-1-5)。市場の独占性または競争状態をみる指標として「CR4」が引用される(Connor, et. al., 1986)。「CR」はConcentration Ratioの頭文字をとったもので「4」は上位4社を意味する。つまりCR4とは上位4社が同一産業全体に占める率を示し、これが高ければ高いほどその産業は独占性が高く競争状態が少ないという評価ができる。

 そこでコメ、コムギ、トウモロコシ、ダイズにおいて国際市場の独占性を診断する一方法としてこのCR4(上位4カ国が占める割合)を引用した(表3-4-1)。 それによると、国際貿易市場においてはコメが67%、コムギが71%、トウモロコシが97%、ダイズが95%でこれら4品目の中ではコメが最も低い。つまり、コメの国際市場における独占性や寡占性は低く、国際市場での価格の統制はコムギなど他の品目より困難であることを示している。

 よって、ここでは、薄い市場としての特質である価格の変動について世界の主要な食料であるコメ、コムギ、トウモロコシ及びダイズの価格変動を過去40年間近くにわたり、それぞれ統計学的に比較分析し、現代においてもコメが他の農産物と比べ薄い市場としての特質を持っているかどうかについて検討してみることにする。


価格の変動に関する分析方法及びデータ

 使用したデータは年次別で、かつ、1トン当たり米国ドルで表示し、検証期間は1962〜1997年までの36年間である。物価水準の変化を考慮し、1985年の貨幣価値を基準とした実質価格でみることにした。

 さらに、コメ価格の変動の状況を時系列かつ作目間で比較検討するために、F−検定(2サンプル間を比較)及びCochranの検定(3以上のサンプルを総合的に比較)を行った。 作物間で価格の変化を比較するためには、各作物の統計数値に共通の尺度をもたせることが必要となる。そこで価格は実質価格をもとにして、品目ごとに検証期間の平均価格で各年の価格を割った指数を用いた。

 また、各年の価格の変動をみる際に、単にその価格の分散をとると、毎年価格が変動する不安定な場合と数年間は安定してその後に大幅に変化し再び安定する場合とでは、同レベルの分散値が出てくることがある。よってこの価格の変動の状態をより明確にするために、前年との価格差(DP)を求めて、その価格差の分散を比較することにした。それを式に表すと以下の通りである。

DPt=RPt−RPt-1

DPt : t年と(t−1)年における価格差
RPt : t年における実質価格

 さらに、近年の状況を過去の状況と比較するために検証する1962年〜1997年までの期間の36年間を前半(α)と後半(β)の各18年間に分けて、この2つの期間の間で価格差の変化に違いがあるかどうかについて比較検定する。

【F−検定】
 帰無仮説(H0)及び対立仮説(Ha)を以下のように設定する。

0 : Var(DPα) ≦ Var(DPβ)
: Var(DPα) > Var(DPβ)
F
0= Var(DPα)/ Var(DPβ)

 もし、F0≧F5%であればH0が棄却される。H0が棄却されればHaが正しいことの可能性が示唆され、後半(β)の方が変動幅は小さいと判定される。

【Cochranの検定】
 次に、コメ、コムギ、トウモロコシ、ダイズの4つの作物間で価格の変動に差があるかどうかについてCochranの検定で等分散性の検定をおこなった。それぞれの標本の分散をV1,V2,........Vkとするとき、k個の母分散は等しいと仮定する。k個の分散のうち最大となるものをVmax,各分散の合計を之kとする。

    検定統計量(F0)=Vmax/之k

 この値をk(標本数)、f(自由度)に対するF0表の5%点と比較する。このとき、"5%点≦検定統計量"であれば、有意水準5%の有意性でVmaxの品目の価格変動は他の品目のそれより大きいということが示唆される。各標本によって自由度が異なる場合は最小となる自由度を用いて、その有意性を比較分析する。(『応用統計ハンドブック』)。

 この分析に用いた統計の中で価格データ及び米国の物価指数はIMF(国際通貨基金)のInternational Financial Statistics Yearbook, 1996から引用し、1996年及び1997年の価格データは米国農務省( USDA )発表のものを利用した。近年の米国物価指数は「日本経済新聞」から引用した。貿易量については米国農務省が1997年9月に発表したPS&D Viewから引用した。また、実質価格は価格がドル建て表示となっているため、米国の物価指数で割って算出した。さらに、各作物間では1トン当たりの価格に差があるため、ベースをそろえる目的で全期間のそれぞれの平均価格で割って指数化し、その数値でもって比較した。

分析の結果

 まず、F−検定の結果を示したものが表3-4-2である。コメの対前年価格差(DP)の分散を、前半(α)の2252と後半(β)の244で比較すると、F値は9.203となる。これは有意水準1%におけるF境界値の3.242を上回っている。よって、コメの国際価格の変動は1%の有意性で前半(α)よりも後半(β)の方が小さいということが示唆された。

 次に、前半(α)だけについてコメとコムギを比較するとDPの分散はコメが2252、コムギが830であるからF値は2.713となる。これは有意水準5%のF境界値2.272を上回っている。よって、前半においてはコムギよりコメの方が価格の変動は大きいと判定される。しかし、後半(β)におけるDPの分散はコメが244、コムギが126であり、5%の有意水準でその差があるとは言えなかった。

 また、後半(β)におけるコメの価格差の分散245と前半(α)におけるコムギの分散830を比較すると、1%の有意性でコメの方が価格の変動幅は小さいということになる。このことは近年のコメの価格変動は数十年前のコムギの価格変動より相対的に小さいということを物語っている。こうしたコメとコムギとの関係の分析結果はコメとトウモロコシ及びコメとダイズとの間でも同様であった。

 次に、表3-4-3に示すCochranの検定の結果であるが、まず前半(α)においてVmaxがコメの2252で之kが445であった。よって、F0は0.506となり1%の有意水準で4品目間で価格変動の差(つまり、コメ価格の変動が大きいこと)が示された。しかし、後半(β)においてはVmaxのコメ245に対し之kは701であり、F0は0.349となった。このF0の値は5%の有意水準の値をはるかに下回っている。よって、後半(β)における価格変動の差は作物間では有意には認められなかった。つまり、コメの価格変動はコムギなどの他品目の価格変動と基本的には差異がないことを示している。

 このようにして統計分析の結果をみると年代を追って状況が変化している実態が浮き彫りにされてくる。生産量に対する貿易の量は1960年代から1990年代まであまり大きな変化はなく、コメが4〜5%、コムギが21〜22%である。よって、コメの貿易量はコムギに比べ相対的に4分の1の"薄い市場"と断定されることになる。しかし、過去36年間の前半と後半では状況が大きく異なり、価格の変動は後半が前半に比べ、高い有意性をもって、小さいことが明らかとなった。加えて、対象期間の前半におけるコムギの価格変動と後半におけるコメの価格変化を比較したところ、後半におけるコメの方が価格変動は小さいことが判明した。ちなみに後半期の中でのコメとコムギの価格変動の差を比較分析したところ、コメの方が大きいという事実を5%レベルの有意性で確証することはできなかった。また、コメ、コムギ、トウモロコシ及びダイズの4作物間の価格変動を比較したところ、前半においてはコメの価格の変動が大きいことが示唆されたものの、後半期においてその差はを有意性をもって確認することはできなかった。

 これらの一連の分析結果は、1960年代、1970年代におけるコメ市場は不安定な薄い市場としての性格を強く持つものであったが、近年においては価格の変動も他の作物と違いはなく、安定していることを示している。これらのことより、近年の国際コメ市場においては、生産量に対する貿易比率が比較的小さいとしても、"薄い市場"としての性格を持つものではないということが示唆された。

 このような価格の変動幅が近年において小さくなっている理由としては第1に情報技術の改善があげられよう。世界のどの地域で不作や過剰が発生しても近年は以前よりも増してより正確な情報がより早く世界各地に伝えられるようになっている。もう一つは運搬技術の革新が考えられよう。とくに道路などのインフラの整備、そしてトラック等の運搬車の構造や機能の改善により、より大量の食料がより早く輸送されるようになった。よって、かつてのように品物が思うように流通されず過剰の際には急激な値下がりをし、不足のときには急激に上昇するという時間的なスパンが短くなったことが言えよう。つまり、大きく上下する時間が十分にないほどに早くモノが流通されていく状態に現代の社会はあることが示唆される。第3に近年は食料の種類や量が豊富になり、消費者も値段が高くなったものは避けて代替物を購入することができる状況にある。

 このようにしてみると、総合的な技術の革新により世界の食料の需給状態は変化してきており、コメもその真っただ中にあると言える。今後の食料需給のあり方を模索する場合はそのような変化を明確に把握して判断していくことが重要となろう。

[*本稿は1997年10月に愛媛大学農学部で開催された「平成9年度日本農業経営学会研究大会」において発表した渡辺聡志、伊東正一、藤井嘉儀、笠原浩三、"コメの国際貿易は薄い市場か?"に加筆、修正したものである。]


3.5 変わる在消費率と価格変化の関係


 一般の市場において、在庫量の消費量に対する割合(stocks-to-use ratio、全消費量に対する在庫量の割合、本論では「在消比率」と呼ぶことにする)が相対的に少なくなれば価格は上昇する方向に動くというのが定説である。ところで在消比率が上昇すると市場価格は下がるという定説には同意しながらも、その両者の関係は過去も現在も同じ次元で動いているのであろうか……?国連のFAOは安全基準として在消比率は「17%」を打ち出している。しかし、この17%レベルを過去も現在も時代の背景の変化を考慮せず維持していくことは物理的に困難であることも事実である。つまり、第一に、在庫にはコストがかかるという点である。在庫管理も、需給が逼迫して価格が上昇し、その際に放出することによってこれまでのコストがペイされればよいが、それは先のように高いコストが在庫保管にかかるとなると極めて困難な現状であると考えざるを得ない。第2に、先の定説に基づいてみると、在庫量が多くなるということは価格の低下を招くわけであるから、在消比率が高くなればなるほど市場価格は下がるということになる。その下がった市場価格で生産者は十分に採算のとれる経営ができるかどうか。すでに市場価格が前章でもみたようにこの40年間くらいに実質価格で半分から三分の一に下がってきているのである。1997年11月の米国農務省の見通しでは世界の穀物の在消比率は15%である。これを17%に引き上げるようなことになれば市場価格はさらに低下する方向に進む。また、国際貿易が活発化し、食料の流通が世界の東西南北により速い速度で行われている状況であり、かつ、世界各地の情報も日進月歩で進みつつある今日、適切な在消比率のレベル、つまり現代の適正在庫量について再び検討してみることは重要なことである。

 そこで、コメとコムギを例にとって戦後、市場価格と在消比率の関係がどのように変化しているかについて分析してみた。

 Linら(1998)はアメリカのコメの市場価格の変化を推測する手法として、独立変数に在消比率を用いた。これに先立ちVan Meir(1983)はトウモロコシでまたWestcotら(1984)はコムギで在消比率の変化が市場価格に影響を与えることを報告している。ここでは、1962年から1997年までの36年間のデータを使い、コメとコムギを対象にこの36年間を前半と後半の2つに分けて、回帰分析を利用し比較分析を行った。

 この分析においては、近年においては情報網の発達、インフラの改善、生産技術の発達などにより、在消比率の変化による市場価格への影響はひと昔前に比べ小さくなっているのではないか、という想定に基づいて行った。

1)モデルの設定

 まず、分析の方法としては、在庫量の変化が市場価格に影響を与えるという説を受けて、そのモデル式を次のように設定した。

it = f (Sit)

 Pitは、i品目のt期における市場価格、Sitは、i品目のt期における期末在庫の見通しである。この理論を用いて本研究では在消比率の変化の影響が数十年前も今日も同じ次元(dimension)で影響しているかどうかを比較するために次のようなモデルを設定した。

RPDit=αiiSUDitiDSUDit+σiRPDit-1

但し、βi<0、γi>0、1>σ>0
i |>|γi |

 RPDitはi品目のt期における実質価格、RPDit-1はi品目のt−1期における実質価格、SUDitはi品目のt-1期の期末における在消比率の前年差、DSUDitはSUDitの傾きダミーであり、この傾きダミーは、検証の対象となっている期間を前半(1962年から1979年)と後半(1980年から1997年)とに分け、その後半部分の傾きが前半に比べ異なっているかどうかを検証するものである。

 在消比率と価格の変化の関係はマイナスが予想される。よって、SUDitの係数βiの符号はマイナスが予想される。また、傾きダミーDSUDitの係数γは近年においては在消比率の変化が価格に与える影響のレベルは小さくなっていると考えられることから、SUDitの係数βiの符号とは逆のプラスが予想される。但し、在消比率と価格の関係は現代においてもマイナスが考えられるため|βi|>|γi|が予想される。次にRPDit-1は、前年の実質価格の本年における影響を考慮したもので、前年の価格が上昇した場合、他の条件が一定であるとすると、本年の価格はその影響を受けてやや上昇する傾向にあると予想されるので、σiの符号は1より小さいがプラスが予想される。

2)価格データ

 コメの価格は、品種、輸出国によって様々であるがこの分析にはタイのコメ輸出価格(精米、5% broken)を使用した。タイは1981年からコメの輸出量でアメリカを追い越し世界一のコメ輸出国となり、近年では世界のコメ輸出量の27%(1992-96年の平均値)を占め、世界のコメ価格形成のリーダー的立場にある。またコムギの価格は、アメリカの輸出価格の実質価格を用いた。アメリカは近年では世界のコムギ輸出量の28%(1992-96年の平均値)を占め、世界一のコムギ輸出国である。

 実質価格はこれらの穀物の価格が米国ドルで表示されているため、アメリカの物価指数(1985年=100)を使って算出した。なお、この価格データ及び米国の物価指数はIMF(国際通貨基金)のInternational Financial Statistics Yearbook,1996から引用し1996年及び1997年の価格データはUSDA(米国農務省)発表のものを利用した。さらに、近年の米国物価指数は「日本経済新聞」から引用した。
 
3)在消比率のデータ

 この分析に使用した在消比率とは、総消費量における在庫の割合を表したものである。

 最初にコメの在消比率は、アメリカのものを引用した(図3-2-1参照)。アメリカの在消比率を引用した理由は、コメ輸出では競争関係にあるタイの輸出価格の設定はアメリカの在消比率に注目しながら設定される傾向にあると判断したためである。また、アメリカでは1985年農業法の制定により1985穀物年度の後半からすでに政府在庫の放出が始まり、政府在庫がほぼ枯渇したことを考慮に入れ、1986年以降の価格差のデータを一年シフトさせた。1985年農業法の中心は、ローンレートの大幅な引き下げと、国際価格と国内価格の差を補填するマーケティングローン制度の発足である。これにより、アメリカの農産物の輸出力が強化された。

 次にコムギにおいては主要輸出国が分散しているため、在消比率においては主要輸出国の合計を引用した(図3-2-2参照)。ここで言う主要輸出国とは最近の5年間のコムギ輸出量の平均の上位4カ国(アメリカ、カナダ、フランス、オーストラリア)である。これら上位4カ国のコムギの輸出量は近年5カ年の平均で世界合計の約70%を占めている。

 そして、1973年から1974年の異常気象による食糧危機やオイルショックの影響で穀物の国際価格が異常に高騰したことを考慮してコメ、コムギ共に1973年、1974年にダミー変数D73・74を用いた。また、在消比率のデータは米国農務省(USDA)のPS&D View, (September 1997) から引用した。

4)分析の結果

 分析の結果を表3-2-1に示した。アメリカの在消比率を用いた分析結果をみると、計測された係数の符号は期待されたものと同一であり、t−値もすべての説明変数が1%または5%の高い有意性がある。

 ところで、コメの分析では世界計在消比率を使ったモデルも分析したが分析結果では、計測された係数はいずれも期待される符号はつけておらず、有意性も極めて低かった。これは、世界の在消比率のデータにはコメの国際価格の形成に関与していない国の在消比率も含まれていることが、その理由として考えられる。

 在消比率(SUDit)の係数−2.747はその傾きダミー(DSUDit)の係数1.643とともに有意であった。よって、前半期(1962年から1979年)においては在消比率が1%上昇すると価格は2.747ドル下落したが、後半期(1980年から1997年)においては在消比率が1%上昇しても1.104ドル(=2.747−1.643)しか下落しなかったことを示唆している。

 次にコムギの分析結果をみると、計測された係数の符号はいずれも期待したものであり、t−値は傾きダミーが10%で有意であり、他はいずれも1%の水準で有意である。在消比率が1%上昇するとコムギの国際価格は前半期は1.054ドルは下がったが、後半期、つまり、近年においては0.669ドル(=1.054−0.385)のみ下落するにとどまることを示している。

5)適正な在庫量とは・・・・

 これらの結果から、コメ及びコムギの在消比率の変化は市場価格に対し負の影響を与えていることが再確認されたが、本分析の目的であった過去と現在の違いについては、後半の傾きダミー(DSUDit)の係数が正でかつ有意であることから、近年においては在消比率の変化による価格への影響が極めて小さくなっていることが強く印象づけられることになった。

 一般に市場価格は在庫レベルに大きく影響されるものである。しかし、この影響のレベルは過去40年間近くを見ると、前半と後半で異なることがこの分析により強く示された。つまり、期末在庫量の変化は市場価格に確かに影響を及ぼすが、その大きさは近年では小さくなっていることを示している。このことは、さらに、近年においては一定の市場価格に安定させるためにはかつてのレベルでの在消比率は必ずしも必要でないことを示唆している。

 このように状況変化してきている理由としては、世界規模で情報技術が向上していること、また、インフラの整備により世界各地域の食料の過不足の対応が早くなっていることなどが主な理由としてあげられるだろう。また、世界の貿易市場が長期的にはより自由化の方向に進んできており、よって各国間の相互依存 (Makki, et. al., 1997) により価格の急上昇を緩和させる状況に現代があることも十分考えられよう。

 在庫のコストが高くつくことは世の東西を問わず、またどの産業においても同じである。よって、自動車業界など、非農業においても適正在庫をより正確に計測し、過剰在庫をさけようとするのは社運を掛けた重要な対策である。こうした状況の中で、農業においても過剰在庫を出さないような対策がとられ世界の在庫量も変化している。そうした中で、在消比率の低下に不安を表す向きもあるが、この分析の結果は在消比率の減少(又は上昇)がかつてと同じレベルで大幅に価格を上昇(又は低迷)させる要因とはならないことを物語っている。むしろ、このような近年の状況下で、現在も過去と同レベルの在消比率を維持することは、穀物の市場価格を新たに押し下げる可能性があることをこの分析の結果は示唆している。

 地球上ではいつ、どんな時、どのような天災が発生するかは誰にも正確に予測することはできない。よって、その災難に備え、十分な在庫量を確保しておきたいと思うのは誰しも同じである。ただ、その際の「十分な在庫量」とはどのような災難を想定するかによって大きく異なる。大規模な天災を前提とすればするほど「十分な在庫量」は多くなる。皮肉にも大規模な天災ほど可能性が小さく、そして在庫量が多ければ多いほど政府(つまり一般市民)にとっては圧迫となる。ただ、そのコストを国民が負担するという合意が得られたとしても、次にはその多い在庫量からくる圧迫で市場価格は低迷し、当の生産農家も圧迫をこうむることになる。よって、適切な在庫量はそうした多方面から考慮して決定されるべきであり、少なくともある一定の在消比率を時代の背景の変化を無視して固定的にとらえるべきではない。どうしても天災の対策として在庫が必要とする場合にはあくまで非常時の備蓄として、通常の流通在庫からは隔離して設置すべきであろう。

[*本稿は1997年10月に愛媛大学農学部で開催された「平成9年度日本農業経営学研究大会」において発表した竹内啓治、伊東正一、樋口英夫、笠原浩三、"国際穀物市場における在庫率と価格変化の関係"に加筆、修正したものある。]


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